ことばとき(araireika)

捻り捩じった羅列・流れの一音にどれだけの意味が混められるか

春の雨

昨日まで少し汗ばむような天気で、桜のつぼみも随分と膨らみ、全身で春を感じていたというのに。雨が、雨が降り続いている。外に出る気にもなれずに窓辺からしずくが滴るのを感じていた。庭の隅に植えられた桜の木は子の誕生を祝って植えたもので、ここ数年でやっとたくさんの花を見せるようになった。けれどなぜだろうかやはり狭い庭の隅に、からだをまげながら陽の光を求め両手を広げる桜の木に、いくらか申し訳無さも感じてしまうのだ。今沢山の蕾を抱いて雨に濡れる桜も、あと数日もすれば咲き始める。そして去年と同じようにきれいに微笑んだまま首ごと落としてしまうものの、そりゃあ多いことよ。この狭い庭で植えられているからなのかと調べてみたところ、どうやら鳥たちの仕業のようで『盗蜜』という、花ごと食いちぎって密を吸っては捨て去る現象のようだった。たしかに我家の庭には毎年鳥が巣を作っている。ああそれで、と納得がいったのだが、それでもきれいに咲いた花たちが、駐車場を覆うようにあるのは、まるで魔物のせいとでも、いいたくなる、心底ゾッとするもので。ただそれほどの花を散らしたとしても天を仰げばまだまだたくさんの花を咲かせているのだから、鳥たちもまた歓び囀るだけ、来年も現れることだろうとすっかり信じきる、しょうもない、わたしが。まだ何事もない雨がしとしと降り続く、庭を眺めながら呑気にも茶を啜る、今年も来年も、その次の年も、きっと疑うことなく生きてしまうこの不思議さをふと思い返すように。未だ雨が、雨が降り止まぬ。